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再度8月15日雑感

2010/8/16

昨日のブログにもアップしましたが、8月15日は「お盆・終戦記念日」でした。
昨夜のNHKテレビ「15才の志願兵」を見て、今の平和な生活の有難さを再実感しました。
ブログタイトル「デジカメとぶらり散策」からまた寄り道ですが昨日の続きです。

この時期、戦争に関連した話題や手記が目白押しで報道されています。
先の「15才の志願兵」は実話をドラマ化したものですが、戦争下での個人と国家それぞれの思惑、意識がよく解りましたがそれだけに当時の葛藤が身につまされました。

「生きる事とは命を繋ぐ事」と言われていますが、昨今の「高齢者所在不明」や「幼児の虐待」などの報道を見聞きするたびに涙が出てきます。

我が家では、ご先祖の「墓参り」と春秋の「お彼岸」は恒例行事ですが、最近では亡くなられた方の「直葬(病院から直接焼却場へ)」が増えているとの事です。
どんな事情があるにせよこれでは「人の死」でなく「物」の扱いです!

「生きるとは命を繋ぐ事」とは、親がいて今の自分があり子どもが生まれ家庭があります。
「親孝行、したい時に親はなし」と昔から言われてますが、私は反省するばかりです。

昨日、日本武道館で「全国戦没者追悼式」があり管総理の不戦の挨拶もありました。
「シベリア抑留」の傷跡も幾度となくテレビ報道されていました。戦争は悲劇です!

「戦争は誰も望んでいません」これは真実だと思いますが、何故解っていながら未だ世界の各地での紛争が無くならないのでしょうか?

先の大戦「太平洋戦争」について一つの見識があります。
その一つがABCD包囲網(※)に対処した国策(石油の確保など)でした。

※ABCD包囲網(ABCDほういもう)は、1941年に東アジアに権益を持つ国々が日本に対して行った貿易の制限に当時の日本が付けた名称です。「ABCD」とは、制限を行っていたアメリカ(America)、イギリス(Britain)、オランダ(Dutch)と、対戦国であった中華民国(China)の頭文字を並べたものです。
これらはABCD包囲陣、ABCD経済包囲陣、ABCDラインとも呼ばれています。この呼称は日本の新聞が用いたもの?ですが初出については良く分かっていません。

話は変わりますが、Web(ネット)投稿の一つです。

※戦後生まれの人は、あの戦争は避けられたと教えられているようですが、日本にたいして大変幸運なことがおこらないかぎり避けられない戦争です。可能性を考えるなら、中国大陸の蒋介石が汪兆銘政権に同調し日本に協力できれば、戦争はなかったかもしれません、アメリカは日本を叩き潰そうと、日露戦争後に国策で決めてきた国です。人種差別が無くなったのは戦後であることを知っていますか。アメリカの誤算は日本人の無茶苦茶な敢闘精神です。7年間も占領し憲法を作り、腰抜け国民を作り上げ、アメリカは日本に対しては目的を達成出来たでしよう。アメリカはイラクで同じことが出来ると思い苦労している。日本人は傍観していればよいはずが、日本の国防をアメリカにまかしている以上協力せざるをえないでしよう。大東亜戦争をインドネシア、ビルマ、マレ-シャ、の人々は評価しているのを知っていますか。あの戦争をしていなければ白人支配の世界が出現しています。

投稿内容と異なる、先の大戦の意義や見方は人それぞれです。
「15才の志願兵」での中学3年生の「甲飛(海軍)」志願兵への意識変革や、学校(教師)の考えも様々です。「靖国神社」への参拝は近隣諸国(特に中国)を意識して「管内閣」では首相をはじめ各大臣・副大臣も今回は参拝をしません。

首相・大臣・副大臣がすべて「靖国参拝」を避けましたが、「不戦決意」と「靖国不参拝」は別件と考えるべきで、全員が「靖国不参拝」である事に別な面で違和感(戦時意識と同一)を感じ、ある意味恐ろしい事です。

私が生まれた昭和16年の年末12月8日真珠湾攻撃から「太平洋戦争」がはじまりました。その後、堺の大空襲で堺の実家が被災し親戚に避難したり、遠く島根県に引っ越しして親と兄達は家業を継続し4年後再び堺に戻り家業を再開しました。

私は開戦前に生まれましたが当時の様子はほとんど記憶にありませんが、両親や長兄、次兄等から戦況下の事を聴くにつけ「戦争の不幸」をなくす事がいかに大切かを考えさせる貴重な一日でした。先の大戦で亡くなられた300万人超の方々のご冥福をお祈りします。(合掌)

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